日の本の屋根裏から日本を考える

伊勢物語-第二十七段 たらひの影

 
伊勢物語







この記事を書いている人 - WRITER -
雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰「未来を担う子ども達に自分たちのアイデンティティである日本神話を」

(原文)

むかし、男、女のもとに一夜いきて、またもいかずなりにければ、女の、手洗ふ所に、貫簀ぬきすをうちやりて、たらひのかげに見えけるを、みづから、

和歌(59)

わればかりもの思ふ人はまたもあらじと思へば水の下にもありけり

とよむを、来ざりける男たち聞きて、

和歌(60)

水口に我や見ゆらむかはづさへ水の下にて、諸声もろごえに鳴く

 

(現代訳)

昔、ある男が女の所に一晩行ったものの、二度と行かなくなってしまったので、

女が手洗い所で水がはねないようにたらいを覆う貫簀ぬきすを取り除くと、

自分の顔がたらいの水面に映り込んだのを見て、自ら歌を詠んだ。

和歌(59)

わたしほど物思いにふける人は他にいないと思っていたら、たらいの水面にもいましたよ

と歌を詠む様子を、訪ねて来なくなった男が立ち聞きして、

和歌(60)

おそらくたらいの水口にわたし(男)の姿が映り込んだのでしょう。蛙であっても田の水下で声をあわせて鳴くのです。同様に、わたし(男)も貴女と声を合わせて泣いています。

  • 和歌(60)

逢えなくて物思いにふけっているのは、貴女だけだはなく、わたしもです。

一見、男も逢えないことを悲しんでいますが、田の蛙に例えるあたりが、女の「ひなび」を表していて、そのあたりが二度と通わなくなった遠因ととることも。

伊勢物語の根底に流れるものは、この「ひなび」への軽蔑。

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