伊勢物語-第四十段 すける物思ひ

 
伊勢物語







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フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰「未来を担う子ども達に自分たちのアイデンティティである日本神話を」

(原文)

むかし、若き男、けしうはあらぬ女を思ひけり。

 

さかしらする親ありて、思ひもぞつくとて、この女をほかへ追ひやらむとす。

 

さこそいへまだ追ひやらず。

 

人の子なれば、まだ心いきほひなかりければ、とどむるいきほひなし。

 

女もいやしければ、すまふ力なし。

 

さる間に思ひはいやまさりにまさる。

 

にはかに親この女を追ひうつ。

 

男、血の涙を流せども、とどむるよしなし。

 

て出でていぬ。

 

男、泣く泣くよめる、

和歌(77)

出でていなば誰か別れのかたからむありしにまさる今日は悲しも

 

とよみて絶えいりにけり。

 

親あわてにけり。

 

なほ思ひてこそいひしか、いとかくしもあらじと思ふに、真実しんじちに絶え入りにければ、まどひてぐわん立てけり。

 

今日のいりあひばかりに絶え入りて、またの日の戌の時ばかりになむからうじていき出でたりける。

 

むかしの若人はさるすける物思ひをなむしける。

 

今の翁、まさにしなむや。

 

(現代訳)

昔、ある若い男が、悪くはない女に思いを抱いた。

 

そのことについて小うるさく気をまわす親がいて、わが子(若い男)がそんな女に執着心を持っては困るということで、この女をよそへ追い出そうとした。

 

そうはいっても、まだ追い出すことがしなかった。

 

男は親がかりの身であり、親に対して抗議する立場も気力もなく、女を追い出すことをやめさせる力も無い。

 

女も賎しい身分ということもあり、抗う力も無い。

 

そうこうしている間に、2人の気持ちはさらに燃え上がってしまった。

 

そうすると、親がこの女を急に追い出してしまった。

 

男は、目を真っ赤にして血のような涙を流したが、引き留める手段はない。

 

人が女を連れて家を出て行ってしまった。

 

男は泣きながら、次の歌を詠んだ、

和歌(77)

女が自分で出て行ってしまったのなら、誰が別れ難く思うだろうか・・・誰も思わない。

しかし、無理に引き離されてしまったので、思うように逢えず辛かった今までよりも、今日の悲しさはさらに大きい。

 

と詠んで気を失ってしまった。

 

親はすっかりとり乱しあわてふためいた。

 

何といっても、親は、わが子のことを思って女を追い出したのであった。

 

しかし、さほどのことはあるまいと思っていたが、実際に気を失ってしまったので、親は困惑して神仏に願ったのであった。

 

男は、その日の日暮れ前後のあたりに気を失い、次の日の午後8時あたりになって、ようやく息を吹き返したのであった。

 

昔の若者は、このように一途に恋に命をかけるようなことをしたのであった。

 

今の老人が、このような恋をするであろうか・・・いやとてもしないであろう。

  • むかしの若人はさるすける物思ひをなむしける。今の翁、まさにしなむや。

「昔の若者」と「今の老人」は同一人物で、

老人が「わしも若いときは情熱的な恋愛をしたものだが、年老いた今はとても無理じゃのう」と回想している。

 

 

「若き男」が好きになったこの女というのは、この男の屋敷に仕える使用人であったのでしょう。

 

当然、身分が低いけれども、若き男が、惚れるくらいですから、容姿、気遣い、気立てなどが非常に優れていたのでしょうか・・・しかし、男の親は身分不相応のこの恋に大反対。

 

この使用人の女をクビにして、追い出してしまうわけですが、情けないことに、この男は親のすねをかじって暮らしており、強く抗議することができなかった。

 

そして、ショックのあまり、男は気を病んでしまい、その姿を見て、男の親はこれほどまでに女のことを思っていたのかと後悔し、

神仏に息子の回復を祈り続けると、男は無事回復をした・・・という話です。

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