日の本の屋根裏から日本を考える

伊勢物語-第四十一段 紫

 
伊勢物語







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フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰「未来を担う子ども達に自分たちのアイデンティティである日本神話を」

(原文)

むかし、女はらから二人ありけり。

 

一人はいやしき男の貧しき、一人はあてなる男もたりけり。

 

いやしき男もたる、しはすのつごもりにうへのきぬを洗ひて、手づから張りけり。

 

心ざしはいたしけれど、さるいやしきわざもならはざりければ、うへのきぬの肩を張りりてけり。

 

せむ方もなくて、ただ泣きに泣きけり。

 

これをかのあてなる男聞きて、いと心ぐるしかりければ、いと清らなる緑衫ろうさうのうへのきぬを見いでてやるとて、

和歌(78)

紫の色こき時はめもはるに野なる草木ぞわかれざりける

 

武蔵野の心なるべし。

 

(現代訳)

昔、母親が同じ二人の姉妹がいた。

 

一人は身分が低く貧しい男、もう一人は高貴な男を夫としていた。

 

身分の低い男を夫に持つ方は、十二月末に、夫の上着を洗って、自分自身で糊張りをした。

 

注意して、懸命にしていたが、そのような身分の低い女がするであろう仕事には慣れていなかったので、上着の肩を張るときに破ってしまった。

 

どうすることもできず、ただ泣きに泣いていた。

 

これをかの高貴な男が聞いて、大層気の毒に思ったので、とても綺麗な緑色の上着を探しだして贈る際に、次の歌を添えた。

 

和歌(78)

紫草の根が色が濃くなるときは、草木がすべて緑一色で区別ができないものです。

そのように、わたしの妻にゆかりのあるあなたをわたしは、放っておくことなどできません。

 

これは、あの

「紫のひともとゆゑに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る」

と詠んだ歌と同じ心なのであろう。

これは、現代でも言えることですが、

とりわけ、この時代は結婚相手で人生が大きく翻弄されてしまうということを語っています。

 

和歌(78)は、さりげない優しさが自然に詠まれており好感が持てます。

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