日の本の屋根裏から日本を考える

伊勢物語-第四十五段 行く蛍

 
伊勢物語







この記事を書いている人 - WRITER -
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰「未来を担う子ども達に自分たちのアイデンティティである日本神話を」

(原文)

むかし、男ありけり。

 

人のむすめのかしづく、いかでこの男に物いはむと思ひけり。

 

うちいでむことかたくやありけむ、物病みになりて、死ぬべき時に、

「かくこそ思ひしか」といひけるを、

親聞きつけて、泣く泣くつげたりければ、まどひ来たりけれど、死にければ、つれづれとこもりをりけり。

 

時は六月みなづきのつごもり、いと暑きころほひに、宵は遊びをりて、夜ふけて、やや涼しき風吹きけり。

 

蛍たかく飛びあがる。

 

この男、見ふせりて、

和歌(84)

ゆくほたる雲の上までいぬべくは秋風吹くと雁につげこせ

和歌(85)

暮れがたき夏のひぐらしながむればそのこととなく物ぞ悲しき

 

(現代訳)

昔、男がいた。

 

大事に育てられていたある娘が、なんとかしてこの男と親しく話したいと思っていた。

 

しかし、思いを口に出して言うことができなかったのであろうか、病気になって、死んでしまいそうになったときに、

「わたしは、あの人のことをこんなにも思っていましたが、もうだめです」と言ったのを女の親が聞きつけた。

 

女の親が、泣く泣くそのことをこの男に告げたところ、男はあわてふためいて、その娘の家に来たが、

娘は亡くなってしまったので、何をするでもなく、喪にこもっていたのであった。

 

時は、陰暦の六月みなづきの末。

 

たいそう暑い日頃に、宵は追悼のための管弦を奏し、夜がふけてくると、少しずつ涼しい風が吹いてきた。

 

蛍が高く飛び上がる。

 

この男は、横になったままその蛍を見て、以下のように詠んだ。

和歌(84)

空に飛び行く蛍よ、もし雲の上まで飛んで行くことができるなら、下界ではもう秋風が吹いているよと雁に告げておくれ。

和歌(85)

日が長くて暮れない暑さが残る夏の長い日中にぼんやりと思いにふけっていると、何ともいえずもの悲しい。

雁は、蘇武そぶの故事から、この世とあの世とを行き来して、便りを届けるとされる。

 

こういった背景から、自分のことを密かに慕ってくれていたのに、そのことを告げることもなく、

天上に帰したこの娘の魂に語りかけ、便りを運んできて欲しいという男の思いが垣間見れる。

 

蛍は恋心の象徴でもあることから、もう逢うことができない天上の娘とのやり取りに雁や蛍が効果的に使われている。

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