古事記を読む(142)中つ巻-第7代・孝霊天皇

 




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雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

孝霊こうれい天皇

大倭根子日子賦斗邇命おおやまとねこひおふとにのみことは、黒田廬戸宮くろだのいほとのみやで天下を統治なさいました。

孝霊こうれい天皇が、十市県主といちのあがたぬしの祖である大目の娘である細比売命くはしひめと結婚してお生まれになった子が、

大倭根子日子国玖琉命おおやまとねこひこくにくるのみこと

また、春日千々速真若比売かすがのちちはやまわかひめと結婚してお生まれになった子が、

千々速比売命ちちはやひめ

また、意富夜麻登玖邇阿礼比売おおやまとくにあれひめと結婚してお生まれになった子が、

夜麻登登母母曽毘売命やまととももそひめのみこと

日子刺肩別命ひこさしかたわけのみこと

比古伊佐勢理毘古命ひこいさせりびこのみこと、別名、大吉備津日子命おおきびつひこのみこと

倭飛羽矢若屋比売やまととびはやわかやひめ

の4柱です。

 

その意富夜麻登玖邇阿礼比売おおやまとくにあれひめの妹である蝿伊呂杼はえいろどと結婚してお生まれになった子が、

日子寢間命ひこさめまのみこと

若日子建吉備津日子命わかひこたけきびつひこのみこと

の2柱です。

 

孝霊こうれい天皇の御子たちは、合わせて8柱であり、男が5柱で女が3柱です。

 

そして、大倭根子日子国玖琉命おおやまとねこひこくにくるのみことが天下を統治なさいました。。

大吉備津日子命おおきびつひこのみこと若建吉備津日子命わかたけきびつひこのみことは、2人でともに協力して、

播磨国はりまのくに氷河ひかわに神を祀るための瓶を据え置き、吉備国きびのくにへの入り口として吉備国きびのくにを平定しました。

大吉備津日子命おおきびつひこのみことは、吉備の上道臣かみつみちのおみの祖です。

若建吉備津日子命わかたけきびつひこのみことは、吉備の下道臣しもつみちのおみ笠臣かさのおみの祖です。

日子寤間命ひこさめまのみことは、播磨はりま牛鹿臣うしかのおみの祖です。

日子刺肩別命ひこさしかたわけのみことは、高志こし利波臣こしのとなみのおみ豊国とよくに国前臣くにさきのおみ五百原君いほはらのきみ角鹿済直つぬかのわたりのあたひの祖です。

 

孝霊こうれい天皇の御寿命は、106歳。

御陵は、片岡の馬坂うまさかにあります。

大倭根子日子国玖琉命おおやまとねこひこくにくるのみことのちの第8代孝元こうげん天皇。

 

大吉備津日子命おおきびつひこのみことは、吉備津神社、吉備津彦神社などに祀られています。

孝霊こうれい天皇に関する記述もこれで終了です。

次は、第8代孝元こうげん[/ruby]天皇です。

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