古事記を読む(157)中つ巻-第10代・崇神天皇

 




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雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

将軍の派遣

その後、大毘古命おおびこのみことは、崇神すじん天皇の命令の通りに、高志国こしのくにに向かいました。

 

東方へ派遣されていた息子の建沼河別たけぬなかわわけと合流して、相津(福島県会津)へと向かいました。

そこで、この土地を「相津」と言います。

 

このようにして、国を平定したので、天下は太平となり、人民は富み栄えました。

 

崇神すじん天皇は、男が弓矢で獲った鳥獣や、女が作った絹、糸、織物などの物品を納めさせました。

このため、この御世を称えて、崇神すじん天皇のことを「初国はつくに知らしし御真木天皇みまきのすめらみこと
と申し上げるのです。

 

この御世に依網池よさみのいけ酒折池さかおりのいけを作りましたが、これらは、灌漑かんがいのための溜池です。

 

崇神すじん天皇の御寿命は、168歳。

御陵は、山辺道やまべのみち勾岡まがりのおかにあります。

初国はつくに知らしし御真木天皇みまきのすめらみこと日本を初めて実質的に治めた天皇ということ。

 

男と女で税を分けたくだりが書かれています。

これが、徴税の始まりです。

国を治めるには、やはり徴税が必要です。

初代天皇は、神武じんむ天皇ですが、実質的に国を治めた(徴税を行った)というのは、第10代の崇神すじん天皇が始まりだったということでしょう。

 

崇神すじん天皇に関する記述は、これで終わりです。

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