古事記を読む(202)中つ巻-第15代・応神天皇

 




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雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

后妃こうひ皇子女おうじじょ

品陀和気命ほむだわけのみこと応神おうじん天皇)は、

軽島かるしま(奈良県橿原市大軽町)の明宮あきらのみやで天下を統治なさいました。

 

応神おうじん天皇は、品陀真若王ほむだのまわかのみこの3人の娘と結婚なさいました。

 

まず、高木之入日売命たかきのいりひめのみこと

次に、中日売命なかつひめのみこと

次に、弟日売命おとひめのみこと

です。

 

この娘たちの父である品陀真若王ほむだのまわかのみこは、

五百木之入日子命いおきのいりひこのみことが、尾張連おわりのむらじの祖の建伊那陀宿禰たけいなだのすくねの娘の志理都紀斗売しりつきとめと結婚して生まれた子です。

 

応神おうじん天皇と高木之入日売命たかきのいりひめのみこととの子は、

額田大中日子命ぬかたのおおなかつひこのみこと

大山守命おおやまもりのみこと

伊奢之真若命いざのまわかのみこと

大原郎女おほはらのいらつめ

高目郎女こむくのいらつめ

5柱です。

 

応神おうじん天皇と中日売命なかつひめのみこととの子は、

木之荒田郎女きのあらたのいらつめ

大雀命おほさざきのみこと(のちの仁徳にんとく天皇)、

根鳥命ねとりのみこと

3柱です。

 

応神おうじん天皇と弟日売命おとひめのみこととの子は、

安倍郎女あべのいらつめ

阿貝知能三腹郎女あわじのみはらのいらつめ

木之菟野郎女きのうののいらつめ

三野郎女みののいらつめ

です。

応神おうじん天皇は、父親である仲哀ちゅうあい天皇が崩御したとき、

すでに母親である神功じんぐう皇后のお腹の中におり、お腹の中で新羅征伐などを経験し、その神格を高めました。

そのため「胎中たいちゅう天皇」などとも称されています。

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