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古事記を読む(229)下つ巻-第18代・反正天皇

 







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雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

后妃こうひ皇子女おうじじょ

履中りちゅう天皇の弟にあたる水歯別命みずはわけのみことは、多治比たじひ柴垣宮しばがきのみやにおいでになり、天下を統治なさいました。

 

この反正はんぜい天皇は、身長が9尺2寸半、歯の長さが一寸、幅が2分、上下の歯は均一に揃い、珠を繋いでいるようでした。

 

天皇が、和邇許碁登臣わにのこごとのおみの娘である都怒郎女つののいらつめと結婚して、生まれた子が、

甲斐郎女かいのいらつめ

次に、都夫良郎女つぶらのいらつめ

2柱です。

 

また、同じ和邇許碁登臣わにのこごとのおみの娘である弟比売おとひめと結婚して、生まれた子が、

財王たからのおみ

次に、多訶辨郎女たかべのいらつめ

合わせて4柱のみこです。

 

天皇の御寿命は、60歳。

丁丑ひのとうしの年の7月に崩御なさいました。

御陵は、毛受野もずの(大阪府堺市三国ヶ丘町)にあります。

反正はんぜい天皇は、就任期間が5年と短く、古事記での記述は、これで終わりです。

 

反正はんぜい天皇は、履中りちゅう天皇の弟にあたります。

それまでの皇位は、原則親から子へと行われていたことを鑑みると、この兄から弟、つまり、兄弟間での継承は、異例でした。

しかし、この異例が先例となり、今後、兄弟間での皇位の継承が行われていきます。

 

反正はんぜい天皇の条は、これで終わりです。

 

次からは、第19代・允恭いんぎょう天皇の話です。

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