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古事記を読む(257)下つ巻-第23代・顕宗天皇

 







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雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰「未来を担う子ども達に自分たちのアイデンティティである日本神話を」

大長谷天皇おおはつせのすめらみことの御陵

顕宗けんぞう天皇は、父王を殺した大長谷天皇おおはつせのすめらみこと雄略ゆうりゃく天皇)を深くお恨みになり、そのみたまに報復したいとお思いになりました。

 

そこで、その大長谷天皇おおはつせのすめらみことの御陵を壊そうと、人を遣わせたところ、顕宗けんぞう天皇の兄である意祁命おけのみことが、

「この御陵を破壊するのに他人を遣わすべきではありません。もっぱら、わたくし自らが行って、天皇の心のままに破壊して参りましょう」

と言いました。

 

そこで、天皇は、

「それならば言葉のままに行きなさい」

と仰せになりました。

 

それで意祁命おけのみことは、自ら下り進み、その御陵の傍を少しだけ掘って、帰って行き、命令に対する結果の報告として、

「すでに掘って壊しました」

を申し上げました。

 

天皇は、意祁命おけのみことが帰ってくるのがあまりに早かったため、不思議に思い、

「どのように壊したかのか」

とお尋ねになりました。

 

意祁命おけのみことは、

「そのはかの傍の土を少し掘りました」

と申し上げました。

 

天皇は、

「父王の仇に報復したいのならば、必ずことごとくそのはかを壊すものであろう。どうして少しだけを掘ったのか」

とお尋ねになりました。

 

意祁命おけのみことは、

「父王の恨みとしてそのみたまに報復したいと思うのは、もっともなことです。

しかし、大長谷天皇おおはつせのすめらみこと雄略ゆうりゃく天皇)は、怨む相手ではありますが、一方でわたしたちの叔父であり、天下を統治された天皇でもあります。

ここで今、単に父の仇という志をもって、ことごとく壊したのであれば、後世の人は必ず、非難するでしょう。

ただし、父王の仇として報復をしないわけにはいかないため、はかの傍を少しだけ掘ったのです。

この恥をもって後世に示すには十分でございます」

と申し上げました。

 

天皇は、

「それもまた、大変、道理にかなうものであり、言葉の通り、それでよしとしよう」

と仰せになりました。

 

顕宗けんぞう天皇が崩御されると、兄である意祁命おけのみことが皇位を引き継ぎました。

 

顕宗けんぞう天皇の御寿命は、38歳。

天下を治めたのは、8年です。

御陵は、片岡の石杯岡いわつきのおかの上にあります。

この話は、美談として語られることが多いように思います。

これは、同じ境遇の兄である意祁命おけのみことだから出来た説得です。

 

権力者には、こういった意見を出来る存在が近くに必要なのでしょうが、なかなかそうもいかないようです。

宗教や国によっては、死後にお墓が破壊されるということは、大変なはずかしめと捉える場合もありますが、

そもそも日本人には、お墓を破壊するという概念があまり無いかもしれません。

 

これで、第23代・顕宗けんぞう天皇の条は、終わりです。

次からは、第24代・仁賢にんけん天皇です。

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