伊勢物語-第十段 たのむの雁

 
伊勢物語







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フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰「未来を担う子ども達に自分たちのアイデンティティである日本神話を」

(原文)

むかし、男、武蔵国までまどひ歩きけり。

 

さてその国にある女をよばひけり。

 

父はこと人にあはせむといひけるを、母なむあてなる人に心つけたりける。

 

父はなほ人にて、母なむ藤原なりける。

 

さてなむあてなる人にと思ひける。

 

このむこがねによみておこせたりける。

 

住む所なむ入間のこほりみよし野の里なりける。

和歌(14)

みよしののたのむの雁もひたぶるに君が方にぞよると鳴くなる

 

むこがね、返し、

和歌(15)

わが方によると鳴くなるみよしののたのむの雁をいつか忘れむ

 

となむ。

 

人の国にても、なほかかることなむやまざりける。

 

(現代訳)

昔、男が武蔵の国まで目的もなく歩いて行った。

 

そして、その武蔵の国に住む女に求婚した。

 

女の父は、この男とは違う男と娘を結婚させようと言うのを、母は、娘を高貴な身分の人のもとに嫁がせたいと思っていた。

 

父は、普通の身分の家柄で、母は、藤原氏であったのだ。

 

そうしたことから、母は、娘を高貴な身分の人にと思っていたのであった。

 

母は、この婿にしようと考えている男に次の歌を詠んで送った。

 

この女が住む所は、入間郡の三芳野の里であった。

和歌(14)

三芳野の田の面に立っている雁も、ひたすらに引板ひたを引くと片方へ鳴いて寄ってゆきますが、そのように、わたしの娘もあなた様に心をよせましょう。

 

これに対して、婿の候補の男は、こう返した。

和歌(15)

わたしの方に心をよせていらっしゃるという三芳野のお嬢さんを、いつ忘れましょうか。忘れることはございません。

 

と詠んだ。京から離れた他の国であっても、こうした風流は、やまなかったのであった。

  • 入間郡

埼玉県入間郡というのが有力です。

 

当時からしたら、京から遠く離れた、つまり、「ひなび」ですが、

出自が藤原氏という貴族出身であるという母のプライドが、娘の婿となる男に「あてなる人(高貴な身分の人)」というものを求めているということでしょう。

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