伊勢物語-第十四段 くたかけ

 
伊勢物語




この記事を書いている人 - WRITER -
雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

(原文)

むかし、男、陸奥みちの国にすずろに行きいたりにけり。そこなる女、京の人はめづらかにやおぼえけむ、せちに思へる心なむありける。さてかの女、

和歌(20)

なかなかに恋に死なずは桑子くはこにぞなるべかりける玉の緒ばかり

歌さへぞひなびたりける。さすがにあはれとや思ひけむ、いきて寝にけり。夜深くいでにければ、女、

和歌(21)

夜も明けばきつにはめなでくたかけのまだきに鳴きてせなをやりつる

といへるに、男、京へなむまかるとて、

和歌(22)
栗原くりはらのあねはの松の人ならば都のつとにいざといはましを

といへりければ、よろこぼひて、「思ひけらし」とぞいひをりける。

 

(現代訳)

昔、ある男が奥州へあてもなく出かけて行き、その土地の女が、京の男を珍しく思ったのであろう、たいそうこの男を慕い心をよせて次の歌を詠んだ。

和歌(20)

なまじあなたに恋い焦がれて死んでしまうくらいなら、いっそ蚕になれば良かった。短い一生の間であっても。

女は、歌までも田舎じみていたのであった。

そうとはいえ、男はやはり心打たれて、惹かれたのであろうか、女の所に行き、共寝をした。

 

男が夜がまだ深いうちに出て行ったので、女は、

和歌(21)

夜が明けたら水槽に突っ込んでやろう。まだ夜も明けないうちにあの鶏が鳴いて愛しい夫を出て行かしてしまったのだから。

と詠んだところ、男は京へ帰ると言って、

和歌(22)
栗原くりはらのあねはの松のように、魅力的な女ならば、都への土産に「さあ一緒に行きましょう」と言って誘うのであるが。

と詠んだところ、女はたいそう喜んで「わたしのことを愛しいと思っていたらしい」と言っていたのであった。

  • 和歌(20)
    桑子くはこ」は、蚕のことで、仲睦まじく命が短いもののたとえ。

 

  • 和歌(21)
    「くたかけ」は、鶏を罵って言う言い方であり、歌全体が乱暴な印象です。この歌を聞き、男は辟易します。

 

  • 和歌(22)
    男が女への軽蔑を皮肉まじりに返します。しかし、女はそれに気付かず、愛を詠んでくれたと勘違いしています。

 

この十四段は、伊勢物語全体を流れる「ひなび」への軽蔑が顕著で、教養のない乱暴な歌とそれに対する皮肉にも気付かない女の滑稽さが如実に表れています。

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