伊勢物語-第九十四段 紅葉も花も 2021-07-10 2021-07-11 WRITER 雨野やたしげ この記事を書いている人 - WRITER - 雨野やたしげ フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰「未来を担う子ども達に自分たちのアイデンティティである日本神話を」 (原文) むかし、男ありけり。 いかがありけむ、その男住まずなりにけり。 のちに男ありけれど、子ある仲なりければ、こまかにこそあらねど、時々ものいひおこせけり。 女がたに、絵かく人なりければ、かきにやれりけるを、今の男のものすとて、ひと日ふつ日おこせざりけり。 かの男いとつらく、「おのが聞ゆることをば、いままでたまはねば、ことわりと思へど、なほ人をば恨みつべきものになむありける」とて、ろうじてよみてやれりける。 時は秋になむありける。 和歌(168) 秋の夜は春日わするるものなれやかすみにきりや千重ちへまさるらむ となむよめりける。女返し、 和歌(169) 千々の秋ひとつの春にむかはめや紅葉も花もともにこそ散れ (現代訳) 昔、ある男がいた。 どうした理由があるのであろうか、その男は女のもとに通わなくなってしまった。 その女には後に新しい男ができたが、その前の男とは子どもがいる仲なので、特に愛情深く親密というほどではないが、時々、女は手紙を男に送っていた。 女は絵を描く人であったので、男が絵を描いてくれるよう女に依頼していたが、現在の新しい男が来ているというので、一日二日描いてよこさなかった。 例の前の男は、非常に情けなく思い、「私がお願い申すことを、今まできいてくれませんでしたので、今回の仕打ちも当然とは思いますが、やはり貴女を恨めしく思わずにはいられません」と、皮肉を込めて歌を詠んて送った。 時は秋であった。 和歌(168) 秋の夜はあまりに素晴らしく、過ぎ去った春の日を忘れるものなのでしょうか。春の霞に比べたら、秋の霧は千倍も勝って素晴らしいものなのでしょうね。 と詠んだのであった。女の返し、 和歌(169) 多くの秋を合わせても、一つの春にかなうでしょうか…かないません。しかし秋の紅葉も春の桜の花も、どちらも散ってゆきます。 和歌(168) 前の男が皮肉と自虐を込めて詠んだ、つまり… 春=前の男 秋=今の男 どうせ、春より秋の方がいいんだろ? 和歌(169) 女が返す… 秋のたくさんの魅力を合わせても、春の魅力にはかなわないと、前の男を持ち上げつつ… 春=前の男=桜の花 秋=今の男=紅葉 紅葉も桜の花もいずれ散るように、結局は2人とも私の元を離れてゆくのでしょう。 前の男の皮肉に女がびしっと冷静に返しています。 この記事を書いている人 - WRITER - 雨野やたしげ フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰「未来を担う子ども達に自分たちのアイデンティティである日本神話を」 前の記事 -Prev- 伊勢物語-第九十三段 たかきいやしき 次の記事 -Next- 伊勢物語-第九十五段 彦星に 関連記事 - Related Posts - 伊勢物語-第三段 ひじき藻 伊勢物語-第九十六段 天の逆手 伊勢物語-第十九段 天雲のよそ 伊勢物語-第百六段 竜田河 最新記事 - New Posts - 伊勢物語 あとがき 伊勢物語-第十八段 あきの夜も(伝 為氏本) 伊勢物語-第十七段 夢と知りせば(伝 為氏本) 伊勢物語-第十六段 太刀のをがはの(伝 為氏本)