2019/01/24

君が代の特徴は「君主讃え系」

 




この記事を書いている人 - WRITER -
雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

いよいよワールドカップも決勝戦と3位決定戦を残すのみとなりました。

オリンピックやワールドカップなどの国際大会がない限り、他国の国歌というものを聴く機会はあまりない。

 

まだ試合が残っている、フランス、クロアチア、イングランド、ベルギー。

 

フランスの国歌「ラ・マルセイエーズ」は、フランス革命の際に兵士を鼓舞する意味合いで作られたものであり、これは有名な話である。

 

クロアチア、ベルギーの国歌は、国土や風土を讃えた国歌であり、

 

イングランドの国歌は、女王陛下、つまり君主を讃えたものである。

 

それぞれ「戦争鼓舞系」「国土讃え系」「君主讃え系」という感じ。

 

アメリカの国歌は、「戦争鼓舞系」ということもできるだろうが、「独立歓喜系」とすると、

 

この「~系」という名称は、わたしが勝手に付けただけであるが、おおまかに分ければ、世界の国歌は、こんな感じで分けることができる。

  • 「戦争鼓舞系」
  • 「国土讃え系」
  • 「君主讃え系」
  • 「独立歓喜系」

日本の国歌「君が代」は、「君主讃え系」になるのだろう。

君が代の歌詞

古今和歌集の中の一首をもとに作られたのは知られたことである。

君が代は 千代に八千代に さざれ石の いわおとなりて 苔のむすまで

 

要は、「君」には、

「さざれ石(小さな石)がいわお(大きな石)になって、苔が生えてくるくらい長くお元気でいらしていただきたい」ということだけど、

君が代に関する議論の中心になるのがこの「君」の解釈なのだろう。

 

これは国歌として国民が歌うことに関しては、天皇という解釈が妥当なのだと思う。

国旗国歌法

1999年に施行された国旗国歌法が新たな議論を呼ぶことになる。

正確には、その前から学校の卒業式での起立斉唱の問題はあったが、より顕著になってしまった。

 

個人的には、

公立では、公務員ゆえ教員は、起立斉唱すべきであり、生徒は自由。

私立では、教員も生徒も自由で良いと思っている。

 

本音では、「起立斉唱しようよ~」とはもちろん思うが、忌避感きひかんを持つ方がおられるのも事実である。

 

しかし、一教員が己の思想で自分のクラス全員に、国歌斉唱時に「回れ右」をさせたり、その逆で国歌斉唱を強制させたりというのは、明らかに間違っていて、フェアではない。

 

あくまで、一教員として、己だけで自分の思想を貫けば良いことである。

但し、公務員ではないという前提条件で。

 

シンプルな話である。

国旗国歌法には、さらなる条文があった

国旗国歌法は、あくまで国旗、国歌を固有名詞で定めたに過ぎない。

国旗国歌法

第1条 国旗は、日章旗とする。

第2条 国歌は、君が代とする。

 

当初の案では、第3条があったのは一部知られた話である。

 

第3条

・1 国民は、国旗及び国歌を尊重しなければならない。

・2 国及び地方公共団体は、政令の定めるところによりその管理する建造物において国旗を掲揚けいようしなければならない。

・3 国民は、祝日に国旗を掲揚けいようするよう努めるものとする。

いや~これはダメだ。

罰則規定はもちろんないが、あまりに窮屈すぎて、余計な反発を招くだけである。

考え方によっては・・・

法整備するというのは、日本のような民主主義国家では、

きちんとした手続きをとれば、法律を変えることができる訳であり、

君が代に反対する立場の人にとっても、政権のあり様で、変更可能になったということなのかもしれない。

 

昔からの決まり事で・・・、

習わしで・・・、

慣習で・・・、

 

この手のことで決まっているものの方が、文化や既得権益と化し、案外変更が難しい一面があるようにも思える。

 

国旗、国歌については、強制するのではなく、自然と尊重する心が芽生えるような、

自虐でも過度な絶賛でもない自国を誇りに思える教育をすることが大切なんだと思う。

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雨野やたしげ
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