日の本の屋根裏から日本を考える

古事記を読む(170)中つ巻-第11代・垂仁天皇

 







この記事を書いている人 - WRITER -
雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

本牟智和気御子ほむちわけのみこ

曙立王あけたつのみこ菟上王うなかみのみこの2人を本牟智和気御子ほむちわけのみこに従わせて、出雲への参拝に派遣しました。

そして、

「奈良戸の道は、足や目が不自由な人に逢うだろう。大坂戸の道も足や目が不自由な人に逢うだろうから、あまり縁起が良いものではない。木戸の道なら、縁起がいい」

ということが占いから分かりました。

 

また、土地ごとに品遅部ほむじべを定めました。

 

本牟智和気御子ほむちわけのみこらは、出雲に到着すると出雲の大神を参拝しました。

そして、その帰り、斐伊川ひいがわの中に樔橋すばしを渡し、仮宮を建て、本牟智和気御子ほむちわけのみこにお泊まりになってもらいました。

 

そこに出雲国造いずものくにのみやつこの祖である岐比佐都美きひさつみが飾り物として青葉の茂る山を川下に大量に立てました。

岐比佐都美きひさつみが、本牟智和気御子ほむちわけのみこに食事を献上するとき、

本牟智和気御子ほむちわけのみこは、

「この川下の青葉の茂る山のように見えるものは、山のように見えて、山ではない。もしかすると、出雲のいわくまの曽宮そのみやに鎮座する葦原色許男大神あしはらしこをのおおかみ大国主神おおくにぬしのかみの別名)を祀るための神主の祭場ではないであろうか」

とお尋ねになりました。

 

本牟智和気御子ほむちわけのみこが言葉を発したので、曙立王あけたつのみこ菟上王うなかみのみこは、大層喜び、本牟智和気御子ほむちわけのみこ檳榔あじまさ長穂宮ながほのみやに移って留まっていただき、早馬の遣いを走らせて、天皇に知らせました。

足や目が不自由な人に逢うだろう:今ではとんどもないですが、この当時は、足や目が不自由な人に逢うことは不吉なものとされていました。古代の話です。

 

何故このタイミング・・・

何の前触れもなく、またさしたる場面でもないところで、それまで話したことのない本牟智和気御子ほむちわけのみこがいきなり言葉を発しました。

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