古事記を読む(173)中つ巻-第11代・垂仁天皇

 




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雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

常世国とこよのくにの木の実

垂仁すいにん天皇は、三宅連みやけのむらじの祖の多遅摩毛理たじまもり常世国とこよのくにに派遣して、非時香木実ときじくのかくのこのみを探させました。

多遅摩毛理たじまもりは、常世国とこよのくにに着くと、その木の実を採り、持ち帰りましたが、垂仁すいにん天皇は、すでに崩御されていました。

 

多遅摩毛理たじまもりは、半分に分けて大后おおきさきに献上し、残りの半分を垂仁すいにん天皇の御陵の入り口に供え、木の実を捧げて、大声で泣き叫びました。

常世国とこよのくに非時香木実ときじくのかくのこのみを持って参上しました」

多遅摩毛理たじまもりは、このように泣き叫びながら死んでしまいました。

 

その非時香木実ときじくのかくのこのみとは今の「たちばな」です。

 

垂仁すいにん天皇の御寿命は、153歳です。

御陵は、菅原の御立野みたちのの中にあります。

 

大后おおきさき比婆須比売命ひばすひめのみことは、石棺を作る部民を定めました。

また、埴輪や土器を作る土師部はにしべを定めました。

 

比婆須比売命ひばすひめのみことは、狭木さきの寺間陵に葬られました。

非時香木実ときじくのかくのこのみ香りの良い木の実。

たちばな柑橘類の総称。

 

これで、垂仁すいにん天皇の章は終わりです。

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