古事記を読む(192)中つ巻-第13代・成務天皇
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日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。
古事記の教育現場復帰「未来を担う子ども達に自分たちのアイデンティティである日本神話を」
后妃と皇子女
若帯日子天皇(
成務天皇)は、
近江の志賀の高穴穂宮(滋賀県大津市)で天下を統治なさいました。
この成務天皇が、
穂積臣らの祖である
建忍山垂根の娘の
弟財郎女と結婚して生まれた子が、
和訶奴気王。
1柱です。
そして、建内宿禰を大臣として、大小の国々の国造を定めました。
また、国々の境界と大小の県の県主を定めました。
成務天皇の御寿命は、95歳。
御陵は、沙紀の多他那美(奈良市)にあります。
え~と、成務天皇の節は、これで終わりです。
そして、これから頻繁に出てくることになる重要人物建内宿禰が出てきました。
国を定めて、その国々の境界に県を定めた旨が書かれています。
ここでは、「国」と言っていますが、いわゆる今で言うところの「県」に当たります。
そういう意味では、国造は、知事みたいなものでしょう。
しかし、成務天皇は、子どもは、1柱ですし、95歳まで生きたという割には、これと言ったエピソードが無かったということなんでしょうか。
欠史八代並のあまりに残念な扱いです。
次回は、第14代・仲哀天皇です。
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