軽太子と軽大郎女
穴穂御子は、軍勢を集めて
大前小前宿禰の家を囲みました。
ところが、その門に到着したときにひどい氷雨が降りました。
そして、穴穂御子は、次の歌を詠みました。
和歌(73)
大前小前宿禰が 金門陰 かく寄り来ね 雨立ち止めむ
(大前小前宿禰の家の金の門の陰に、このように寄って来なさい。雨が止むまで待ちましょう)
すると大前小前宿禰が手を挙げ、膝を打って舞い踊り、歌いながらやってきました。
和歌(74)
宮人の 足結の小鈴 落ちにきと 宮人とよむ 里人もゆめ
(宮廷の人の足結の小鈴を落としてしまったと、宮廷の人が騒いでいる。里人は騒いではいけない)
この歌は宮人振です。
大前小前宿禰がそのように歌いながら
やって来て、
「我が天皇の御子(穴穂御子)よ。兄の軽太子に兵を向けてはいけません。もしそのようなことをすれば人々は笑うでしょう。わたしが捕えて差し出しましょう」
と申し上げると、
それを聞いた穴穂御子は、兵を解散し退きました。
そこで大前小前宿禰は、軽太子を捕えて、引き連れて現れて差し出しました。
軽太子は捕えられて、次の歌を詠みました。
和歌(75)
天だむ 軽の乙女 いた泣かば 人知りぬべし 波佐の山 鳩の 下泣きに泣く
(軽の乙女(軽大郎女)よ。ひどく泣いていると、人に知られてしまう。波佐の山の鳩のように、声を忍ばせて泣いている)
また次の歌を詠みました。
和歌(76)
天だむ 軽乙女 したため 寄り寝て通れ 軽乙女ども
(軽の乙女(軽大郎女)よ。しっかりと寄り添って寝て行きなさい。軽の乙女たちよ)