古事記を読む(199)中つ巻-第14代・仲哀天皇

 




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雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

香坂王かぐさかのみこ忍熊王おしくまのみこの反逆

建振熊命たけふるくまのみことは、はかりごととして、

神功じんぐう皇后は、すでにお亡くなりになられた。だからもう戦う理由はない」

と伝え、

 

すぐに弓のつるを切り、降伏したふりをしました。

 

これに対して、伊佐比宿禰いさひのすくねは、この偽りを信じて、同じように弓を外して、兵を収めました。

 

すると、建振熊命たけふるくまのみことは、髪を束ねていた紐を弦にして、伊佐比宿禰いさひのすくねの軍勢を追撃しました。

 

伊佐比宿禰いさひのすくね忍熊王おしくまのみこの軍勢は、まで退くと向かい合って戦うことになりました。

 

建振熊命たけふるくまのみことは、追い攻めて、沙々那美ささなみで相手を破りました。

 

そこで、忍熊王おしくまのみこ伊佐比宿禰いさひのすくねは、追い攻められ、船に乗り琵琶湖で次の歌を詠みました。

和歌(33)

いざ吾君あぎ 振熊ふるくまが 痛手負はずは 鳰鳥にほどりの 淡海の海に かづきせなわ

(さぁ、我が将軍よ。建振熊命たけふるくまのみことに手痛い傷を負わされるよりは、カイツブリのように、近江の海に身を投げましょう)

 

このように詠うと、2人は、すぐに海に身を投じて死んでしまいました。

逢坂:逢坂山。京都と滋賀の境。

近江の海:琵琶湖のこと。

 

これまた、ちょっと汚い策のような気もしますが、建振熊命たけふるくまのみことを将軍とする神功じんぐう皇后の軍勢が勝利しました。

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