古事記を読む(208)中つ巻-第15代・応神天皇

 




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雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

百済の朝貢

応神おうじん天皇の御世には、海部、山部、山守部、伊勢部が定められました。

そして、剣池つるぎのいけが作られました。

また、この時代には新羅の人達が渡って来ました。

 

建内宿禰たけうちのすくねは、その新羅人を率いて、堤池として百済池くだらのいけを作りました。

 

百済の王である照古王しょうこおうが牡馬一頭と雌馬一頭を阿知吉師あちきしに託して日本に献上しました。

この阿知吉師あちきしは、阿直史あちきのふびとたちの祖です。

また太刀と鏡も献上しました。

 

応神おうじん天皇は、百済国に、

「もし賢い人がいれば、派遣するように」

と命じられました。

 

その命を受けて和邇吉師わにきしという人物が派遣されました。

さらに、百済国は、論語10巻、千字文1巻、併せて11巻を和邇吉師わにきしに託して献上しました。

和邇吉師わにきしは、文首ふみのおびとらの祖です。

 

また、百済国は、

手人韓鍛てひとからかぬちで、名は、卓素たくそ

呉服くれはとりで、名は、西素さいそ

の2人を派遣しました。

 

次に、

秦造はたのみやつこの祖、

漢直あやのあたひの祖、

酒を醸す職人である仁番にほ、別名須須許理すすこりなども海を渡ってやって来ました。

 

須須許理すすこりは、酒を醸して天皇に献上しました。

 

天皇は、この酒を飲むと、次の歌をお詠みになりました。

和歌(44)
須須許理すすこりが 醸みし御酒に われ酔ひにけり 事無酒 笑酒に 我酔ひにけり

須須許理すすこりが醸した酒に、わたしは酔ってしまった。
無事平安な酒、楽しい酒 笑いがうまれる酒に、わたしは酔った)

 

このように詠うと、杖で大坂道にあった大きな石を打とうとすると、その石が走って逃げました。

そういうことで、現在ことわざで「堅石も酔い人を避く」と言います。

照古王しょうこおう百済代13代の王の近肖古王のこと。在位は、346年~375年。

文首ふみのおびと朝廷の分筆を担当した帰化氏族。

手人韓鍛てひとからかぬち朝鮮系の鍛冶職人。

呉服くれはとり中国系の機織り女性職人。

 

この最後の「堅石も酔い人を避く」ということわざは、「堅い石であっても、酔った人には、叶わない」と言った意味です。

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