古事記を読む(215)下つ巻-第16代・仁徳天皇

 




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雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

后妃こうひ皇子女おうじじょ

大雀命おおさざきのみこと仁徳にんとく天皇)は、難波なにわ高津宮たかつのみや(大阪市)で天下を統治なさいました。

 

この天皇が、

葛城かずらき曾都毘古そつびこの娘である石之日売命いわのひめのみことと結婚して生まれた子が、

大江伊邪本和氣命おおえのいざほわけのみこと(のちの第17代履中りちゅう天皇)、

次に墨江中津王すみのえのなかつのみこ

次に蝮水歯別命たじひのみずはわけのみこと(のちの第18代反正はんぜい天皇)、

次に男浅津間若子宿禰命おあさづまわくごのすくねのみこと(のちの第19代允恭いんぎょう天皇)、

あわせて4柱です。

 

また先に述べた日向ひむか諸縣君もろあがたのきみ牛諸うしもろの娘である髮長比売かみながひめと結婚して生まれた子が、

波多毘能大郎子はたびのおおいらつこ、別名、大日下王おおくさかのみこ

次に波多毘能若郎女はたびのわかいらつめ、別名、長目比売命ながめひめのみこと、別名、若日下部命わかくさかべのみこと

あわせて2柱です。

 

また庶妹ままいも八田若郎女やたのわかいらつめと結婚しました。

また庶妹ままいも宇遲能若郎女うじのわかいらつめと結婚しました。

この2柱には、御子はありませんでした。

 

大雀命おおさざきのみことの子たちは、あわせて男王5柱、女王1柱のあわせて6柱です。

 

そして、伊邪本和氣命いざほわけのみこと(のちの第17代履中りちゅう天皇)が天下を統治なさいました。

 

次に蝮水歯別命たじひのみずはわけのみこと(のちの第18代反正はんぜい天皇)が天下を統治なさいました。

 

次に男浅津間若子宿禰命おあさづまわくごのすくねのみこと(のちの第19代允恭いんぎょう天皇)が天下を統治なさいました。

庶妹ままいも腹違いの妹

 

例によって、后妃こうひ皇子女おうじじょの列挙ですが、

石之日売命いわのひめのみことが、第17代履中りちゅう天皇、第18代反正はんぜい天皇、第19代允恭いんぎょう天皇と生んでいるのが分かります。

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