古事記を読む(225)下つ巻-第17代・履中天皇

 




この記事を書いている人 - WRITER -
雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

后妃こうひ皇子女おうじじょ

伊弉本和気王いざほわけのみこ履中りちゅう天皇)は、

伊波礼若桜宮いわれのわかざくらのみや(奈良県桜井氏池之内)で天下を統治なさいました。

 

この天皇が、

葛城曾都毘古かづらきのそつひこの子の葦田宿禰あしだのすくねの娘である黒比売命くろひめのみことと結婚して生まれた子が、

市辺之忍歯王いちのへのおしはのみこ

次に御馬王みまのみこ

次に妹の青海郎女あおみのいらつめ、別名、飯豊郎女いいとよのいらつめ

 

合わせて3柱です。

伊弉本和気王いざほわけのみこ履中りちゅう天皇):仁徳にんとく天皇と大后おおきさき石之日売命いわのひめのみこととの子です。つまり、前天皇とその正妻との子。

黒比売命くろひめのみこと仁徳にんとく天皇の大后おおきさきである石之日売命いわのひめのみことが、吉備国に追い返した黒日売くろひめとは、別人です。

 

例のごとく、后妃こうひ皇子女おうじじょの列挙から始まりましたが、履中りちゅう天皇は、そんなに子どもが多くないのが分かります。

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