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古事記を読む(249)下つ巻-第21代・雄略天皇

 







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雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰「未来を担う子ども達に自分たちのアイデンティティである日本神話を」

三重の采女うねめ

また、この豊楽とよのあかりの日に、春日袁杼比売かすがのおどひめ大御酒おおみきを献上したとき、天皇は、次の歌をお詠みになりました。

和歌(95)

水そそく 臣の乙女 秀樽取らすも 秀樽取り 堅く取らせ 下堅く や堅く取らせ 秀樽取らす子

(臣下の乙女に酒瓶を持たせたが、酒瓶はしっかりと持たせて、しっかりと下を堅く、堅く持ちなさい。酒瓶を持つ乙女よ)

 

これは、宇岐歌うきうたです。

 

袁杼比売おどひめが、次の歌を詠んで献上しました。

和歌(96)

やすみしし 我が大君の 朝とには い寄り立たし 夕とには い寄り立たす 脇机が下の 板にもが 吾兄を

(我が大君が、朝に寄りかかって立ち、夕方にも寄りかかって立つ、あの肘置きの下の板になりたいものです。愛しい人よ)

 

これは、志都歌しつうたです。

 

天皇の御寿命は、124歳です。

 

己巳年つちのとみのとしの8月9日に崩御しました。

御陵は、河内の多治比の高鷲たかわし(大阪府羽曳野市島泉)にあります。

残虐性とカリスマ性の両方を併せ持つ雄略ゆうりゃく天皇が、崩御しました。

皇位は、その息子である清寧せいねい天皇へと引き継がれます。

 

清寧せいねい天皇には子が無かったので、皇位の流れは、その後かつて雄略ゆうりゃく天皇が殺害した市辺之忍歯王いちのへのおしはわけのみこの子である袁祁王をけのきみ(のちの顕宗けんぞう天皇)と意祁王おけのきみ(のちの仁賢にんけん天皇)へと移ってゆきます。

 

雄略ゆうりゃく天皇の条は、これで終わりです。

次からは、第22代・清寧せいねい天皇です。

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