「聖帝」と呼ばれた天皇

 




この記事を書いている人 - WRITER -
雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

「聖帝」は、「せいてい」と読んでしまうと、個人的に「聖帝サウザー」を連想してしまい、イメージがかけ離れてしまうので、「ひじりのみかど」と読んでください。

先日、大阪の高津宮こうづぐうへ。

聖帝ひじりのみかど・仁徳天皇を主祭神としている神社で、ちょうど訪れたときは、小学生が境内けいだいで遊んでいました。

子どもと境内けいだい昭和の匂いがして案外良かです。
まぁ、ゲームをしてるんですがね・・・笑

第16代仁徳天皇といえば、大阪府堺市にある前方後円墳の大仙陵古墳(大山古墳)を学校で習いますが、この仁徳天皇がどのような治世を行ったのかは、習いません・・・少なくともわたしは、習っていない。

その人物像に迫って行くと、「野心」「好色」「人情」が見えてくる。

これらは、古事記と日本書紀、つまり記紀のいずれからも読み取ることができ、あくまで「聖帝ひじりのみかど」にかんがみれば、これの象徴は、「人情」である。

民の竈たみのかまど

ある日、仁徳天皇が高台から四方を眺めると、食事どきだというのに人民の家から煙が立っていない。

煙が立っていないのは、人民の生活が苦しく食事の用意もままならないのだということに気付き、3年間人民の税を免除するよう命じる。

その3年間、天皇が住む宮殿は、屋根が壊れ雨漏りしても、修理せず、器で雨漏りを受け、衣服や履き物は、ぼろぼろになるまで使ってから新調し、ご飯は、酸っぱくならない限り、交換しなかった。

そして、3年後、人民の家から煙が立っているのを確認すると、仁徳天皇は、傍らにいる皇后に言いました。

わたしは、すでに富んだ。憂いごとはなく喜ばしいことだ。

仁徳天皇

変なことを仰せになりますね。宮垣は崩れ、屋根は壊れて雨漏りしているのにどこが富んでいるのですか?

皇后

君主は、人民をもととしなければならない。その人民が富んでいるのだから、わたしも富んでいることになる。

仁徳天皇

そのころ、

「宮殿は壊れているのに、人民は豊かになり、落ちているものがあっても拾っても行きません。もしこのときに、税を課し、宮殿を修理しないなら、かえって天罰を受けることになります」

との申し出があったが、

仁徳天皇は、引き続きさらに3年間、併せて6年間税を免除した。

6年の歳月が経って、ようやく税を課し、宮殿の修理をお許しになると、人民たちは、命令もされていないのに、自ら進んで宮殿の修理を始め、すぐに立派な宮殿が完成しました。

それ以来、人民は、仁徳天皇のことを「聖帝ひじりのみかど」と称賛し、崇めています。

これって・・・

ええ話やないか~

この話が、事実かどうかは、確認のしようがありませんが、古事記、日本書紀の両方に記されているのは、間違いない事実です。

メタファーとしての、西洋のそれとは違う日本のアイデンティティを実に表している話だと思っています。
そして、
「この仁徳天皇の治世が理想的なものであると代々されていること」
この事実だけで十分であると言えます。

しかし、わたしは、この「民の竈たみのかまど」の話を学校で習った記憶がない・・・

何故これを教えないのか・・・

例えば、中国の王朝は、学校で習ったとおり、何度も革命が起き交代しているのに、何故、日本の王朝は、2000年以上続いているのか・・・
その根っこの原点は、間違いなく、この「民の竈たみのかまど」の精神であり、日本が誇るべきものです。

自虐ではなく、誇りを持てる教育を子どもたちにして欲しいと心から願っています。

 

上の絵と同じ高台から眺めると、今はビルばかりです・・・笑

この記事を書いている人 - WRITER -
雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。
 

Copyright© 深夜営業ジャパノロジ堂 , 2018 All Rights Reserved.