日の本の屋根裏から日本を考える

伊勢物語-第十七段 年にまれなる人

 
伊勢物語







この記事を書いている人 - WRITER -
雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

(原文)

年ごろおとづれざりける人の、桜のさかりに見に来たりければ、あるじ、

和歌(28)

あだなりと名にこそたてれ桜花年にまれなる人も待ちけり

返し、

和歌(29)

けふ来ずは明日は雪とぞふりなまし消えずはありとも花と見ましや

 

(現代訳)

何年もの間訪れて来なかった人が桜の盛りの頃に桜を見に訪れて来たので、その家の主人が次のように詠んだ

和歌(28)

桜は誠実さが無く移り気ですぐに散ってしまうと評判ですが、こうしてごくたまにしか訪れて来ないあなたのことも待っていてくれました。

これに対する返し、

和歌(29)

今日来なかったら、明日にはこの桜は雪のように散ってしまうことでしょう。花びらは雪と違って消えはしないとはいえ、それを桜として見ることができるでしょうか、いやそれは無理でしょう。

  • その家の主人

はたして、女性か男性なのか・・・これだけでは読み解くことができません。

訪ね人を業平とすると、女性の主が、業平がめったに訪ねて来てくれないことをどこか攻めるような感じで、歌を詠じたと読むと自然かもしれません。

もちろん、主を男性の男友達として読むこともできるかと思います。

 

全体の流れとしては、

:桜はすぐに散ってしまいますが、このように散ることもなく、めったに来ないあなたを待っていたのですよ。

業平:今日来なければ、明日に桜は、雪のように散っていたであろう。1日ずれるだけで、全く違う結果になってしまい、散った花びらは雪のように消えはしないが、それはもう花とは言えません。

 

ちょっとした軽口の類いでしょう。

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