伊勢物語-第二十三段 筒井筒

 
伊勢物語







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フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰「未来を担う子ども達に自分たちのアイデンティティである日本神話を」

(原文)

むかし、ゐなかわたらひしける人の子ども、井のもとにいでて遊びけるを、大人になりにければ、

男も女も恥ぢかはしてありけれど、男はこの女をこそ得めと思ふ。

 

女はこの男をと思ひつつ、親のあはすれども聞かでなむありける。

 

さて、このとなりの男のもとより、かくなむ、

和歌(47)

筒井つの井筒にかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに

 

女返し、

和歌(48)

くらべこしふりわけ髪も肩すぎぬ君ならずしてたれかあぐべき

 

などいひいひて、つひに本意のごとくあひにけり。

 

さて年ごろるほどに、女、親なく、頼りなくなるままに、もろともにいふかひなくてあらむやはとて、河内の国、高安の郡にいきかよふ所いできにけり。

 

さりけれど、このもとの女、あしと思へるけしきもなくて、いだしやりければ、男、こと心ありてかかるにやあらむと思ひうたがひて、

前栽のなかにかくれゐて、河内へいぬるかほにて見れば、この女、いとよう化粧じてうちながめて、

和歌(49)

風吹けば沖つしら浪たつた山夜半にや君がひとりこゆらむ

 

とよみけるを聞きて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へもいかずなりにけり。

 

まれまれかの高安に来てみれば、はじめこそ心にくもつくりけれ、今はうちとけて、

手づから飯匙いひがひとりて、笥子けこ[/rt]のうつはものにもりけるを見て、心憂がりて、いかずなりにけり。

 

さりければ、かの女、大和の方を見やりて、

和歌(50)

君があたり見つつを居らむ生駒山雲なかくしそ雨はふるとも

 

といひて見いだすに、からうじて大和人、「来む」といへり。

 

よろこびて待つに、たびたび過ぎぬれば、

和歌(51)

君来むといひし夜ごとに過ぎぬれば頼まぬものの恋ひつつぞ

 

といひけれど、男すまずなりにけり。

 

(現代訳)

昔、地方で暮らす人たちの子どもたちが、共同で水を汲む井戸のもとに出て遊んでいたのだが、

やがて成人になったので男も女も互いに恥ずかしがって井戸のもとで遊ばなくなっていた。

 

しかし、男はこの女と是非結婚をしたいと思う。

 

女はこの男を是非夫にと思いつつ、女の親は別の男と結婚させようとするのだが、女はそれを聞き入れないでいた。

 

この隣の男の所から、このように歌を送ってきた。

和歌(47)

丸井戸の枠にしるしをつけて測っていた私の背丈も、あなたに会わないでいるうちにその枠を越してしまったことでしょう。

 

女の返し、

和歌(48)

あなたとどちらが長いか比べ合いをしてきたわたしの振分け髪も肩をすぎるほどに長くなりました。

 

あなた以外の誰が、この髪上げをしてくださるというのでしょうか。

などと言い合って、ついに最初からの願い通り、結婚した。

 

そうして何年かが経つうちに、女の親が亡くなり、暮らしの拠り所が無く男の世話も満足にできなくなったので、

男はこの女と共にみじめな生活になるのは嫌だと、河内の国高安の郡に行き通う新しい妻ができた。

 

けれども、この最初の妻は、不愉快なそぶりを見せることもなく男を河内へ送り出すので、男は、この最初の妻が浮気をしているのではないかと疑い、

庭先の植え込みに姿を隠して、河内へ行ったふりをして見ていると、この女は、たいそう念入りにお化粧をして、ぼんやりと遠くを見つめて物思いに沈んで、

和歌(49)

風が吹けば沖の白波が立つという名の龍田山を夜中にあの方は1人で越えているのでしょうか。

 

と詠むのを聞いて、男は、この上なくこの女を愛しく思って、河内へも通わなくなった。

 

たまに高安に来てみれば、もう1人の妻は最初のうちは奥ゆかしく装っていたけれども、親しくなった今となってはすっかり気を許して、

自分自身で杓子をもって器に飯を盛るのを見て、男はいとわしくなってしまい、通わなくなった。

 

それで、この女は男のいる大和の方角を眺めて、

和歌(50)

あなたがいらっしゃるあたりを見続けてじっと待っていましょう。

ですから生駒山よ、雲であの人との間を隔ててしまわないでおくれ。たとえ雨が降ったとしても。

と歌を詠んで外を眺めていると、やっと大和のその男が「来よう」と言ってきた。

 

女は喜んで待っていたが、度々来ないまま時が過ぎ去ってしまったので、

和歌(51)

あなたが来るとおっしゃった夜ごとに、来てくださらないので、もうあてにはしていないとはいっても、やはり恋しつつ時を過ごしています。

 

と女は詠んだが、男はもう通わなくなってしまった。

  • 和歌(47)、和歌(48)

互いの気持ちを確認し合った爽やかな響きです。

 

  • 女、親なく、頼りなくなるままに

この時代、夫の生活の面倒は妻の実家がみるため、経済的基盤の女の親が亡くなり、生活が困窮して来ると、別の経済的基盤を求めるのは自然な流れ。

 

現代の感覚だとかなり薄情な男になるのでしょう。

 

しかし、男が別の新しい女のもとに通うことをこの最初の女は、嫌な素振りもみせず見送るのです。

 

この対応に男は、この女の浮気を疑い、高安へ行った振りをして、植え込みに隠れて見張っていると、きちんと化粧をして(飯を自分で入れる、緊張感のない高安の女との対比)、自分の身を案じてくれている。

 

この姿に男は、感動します。

 

この段は、ハッピーエンドに終わりますが、河内や大和が舞台となっていたり、男の身分の低さから明らかに、この男のモデルは業平ではないのが分かります。

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