2019/01/07

古事記を読む(140)中つ巻-第5代・考昭天皇

 




この記事を書いている人 - WRITER -
雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

考昭こうしょう天皇

御真津日子訶恵志泥命みまつひこかえしねのみことは、葛城の掖上宮わきがみのみやで天下を統治なさいました。

孝昭こうしょう天皇が、尾張連の祖である奥津余曽おきつよその妹の余曽多本毘売命よそたほびめのみことと結婚して、生まれた子が、

天押帯日子命あめおしたらしひこのみこと

大倭帯日子国押人命おほやまとたらしひこくにおしひとのみこと

の二柱です。

 

弟である帯日子国忍人命たらしひこくにおしひとのみことが天下を統治なさいました。

 

兄である天押帯日子命あめおしたらしひこのみことは、

春日臣かすがのおみ

大宅臣やけのおみ

粟田臣あわたのおみ

小野臣おののおみ

柿本臣かきのもとのおみ

壱比韋臣いちひゐのおみ

大坂臣おおさかのおみ

阿那臣あなのおみ

多紀臣たきのおみ

羽栗臣はぐりのおみ

知多臣ちたのおみ

牟耶臣むざのおみ

都怒山臣つのやまのおみ

伊勢の飯高君いいたかのきみ

壱師君いちしのきみ

近淡海国造ちかつおうみのくにのみやつこ

の祖です。

 

考昭こうしょう天皇の御寿命は、93歳。

御陵は、掖上わきがみ博多山はかたやまにあります。

大倭帯日子国押人命おほやまとたらしひこくにおしひとのみこと帯日子国忍人命たらしひこくにおしひとのみこと):のちの第6代孝安こうあん天皇。

 

次は、第6代孝安こうあん天皇です。

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