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古事記を読む(244)下つ巻-第21代・雄略天皇

 







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雨野やたしげ
フリーの翻訳者・ライター、編集、校正。 日本の伝統文化である和歌、短歌、古典、古事記、日本文化、少しのプライベート。 古事記の教育現場復帰を強く願う「自分たちの神話を学ばない民族に未来はない」。

阿岐豆野あきずの

天皇が吉野宮よしののみやにお出掛けになられたとき、吉野川の浜に童女おとめを見掛けました。

 

その容姿がとても麗しかったため、この童女おとめと結婚して宮に帰りました。

 

その後、再び吉野に行ったとき、童女おとめと出会った所にとどまり、大御呉床おおみあぐら(足を組んで座るための台)を置いて、そこに座り琴を弾いて、童女おとめに舞をさせました。

 

すると、その童女おとめが見事に舞ったので、天皇は、次の歌をお詠みになりました。

和歌(88)

呉床居の 神の御手持ち 弾く琴に 舞する女 常世にもがも

呉床あぐらに座って神の手で弾く琴に合わせて舞をする乙女。永遠にこのままであってほしいものだ)

 

また、天皇が阿岐豆野あきずのに天皇がお出掛けになられ、狩りをしたとき、天皇は、御呉床みあぐらにお座りになりました。

 

すると、あぶが天皇の腕を刺し、さらに蜻蛉あきず(とんぼ)がそのあぶを食べて飛んで行きました。

 

そこで、天皇は、次の歌をお詠みになりました。

和歌(89)

み吉野の 小室が岳に 猪鹿伏すと 誰そ 大前に奏す やすみしし 我が大君の 猪鹿待つと 呉床にいまし 白栲の 袖着そなふ 手腓に 虻かきつき その虻を  蜻早食い かくのごと 名に負はむと そらみつ 倭の国を 蜻蛉島とふ

(吉野の小室の山に猪や鹿がいると誰が天皇の前で申し上げたものか。我が大君が猪や鹿を待って呉床あぐらに座っていると、袖を揃えて着ている服の腕の膨らみに虻が食いついき、その虻を蜻蛉あきずが素早く食べた。このようなことにちなんで倭の国を蜻蛉島あきずしまという)

このときより、その野を名付けて阿岐豆野あきずのと言います。

先の赤猪子あかいこの件といい、この時代の天皇が結婚を求める基準は、容姿が良いかどうか。

働き者で、気立てが良いから・・・

といった基準はなく、容姿が良ければ求婚。

 

和歌(89)では、蜻蛉島あきずしまと秋津島(日本の本州の古代の呼称)が掛かっています。

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